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上賀茂神社 石碑で「世界遺産」示す 除幕式 京都

上賀茂神社 石碑で「世界遺産」示す 除幕式 京都

上賀茂神社(京都市北区)が世界遺産であることを示す石碑が境内に完成し、24日に除幕式があった。揮毫(きごう)した茶道裏千家の千玄室前家元らが、いしぶみの登場を祝った。

 京都紫野ロータリークラブが結成40周年を記念して奉納した。上賀茂神社は「京都の文化財」の一つとして1994年に世界遺産登録されたが、表示するものがなかった。

 石碑は一の鳥居前に設けられた。関係者が除幕を行い、「世界文化遺産」と書かれた大きな石碑が披露された。千氏は「世界から多くの人々を迎えてほしい」と話した。
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0428
京都 遷座祭から1年、稚児が舞う 京都・下鴨神社

京都市左京区の下鴨神社は、21年に1度行う最重要神事の式年遷宮・遷座祭から丸1年を経た27日、「後(あと)一年大祭」を行った。約千年前に京都から伝えられ、現在も伝承されている富山県射水市の子どもによる稚児舞が神社で初めて披露され、参拝者を魅了した。

 祭神に遷座祭の無事を伝え、感謝する神事。

 午前11時に始まり、新木直人宮司ら神社の神職や、おしろいを塗って大人の男性に担がれた射水市の小学生6人らが境内に入った。本殿の扉が開けられ、祝詞が奏上された後、稚児たちが舞を奉納した。

 稚児舞は、11世紀後半に白河上皇の命で、現在の射水市内に下鴨神社の荘園が置かれたころ、京都から伝えられたという。現在は下鴨神社には伝わっていないが、射水市の加茂神社では、毎年9月に地元の下村小の児童による稚児舞が披露される。国の重要無形民俗文化財。

 稚児たちは、本殿前の舞殿に上がり、太鼓と笛に合わせて、体を前後に揺さぶりながらゆっくりと回る所作を繰り返した。稚児の下村小5年小川寛斗(ひろと)君(10)は「少し緊張しました。歴史を感じる下鴨神社で、うまく舞いたいと思っていました」と話した。

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0429
京都迎賓館を試験公開 豪華しつらえ、通年実施へ

京都迎賓館(京都市上京区)で28日、通年公開の実施に向けた試験公開が始まった。朝から大勢の観光客や市民らが詰め掛け、京都の伝統技術の粋を結集した内部の豪華なしつらえに見入った。

 京都迎賓館はこれまで年1回、10日間ほど一般公開している。試験公開は、無料の定員制で5月9日まで実施し、当日午前9時から先着順に入館時間帯を指定した整理券を配布している。

 この日は、京都迎賓館の西門前に早朝から整理券を求める行列ができた。午前10時前に開門されると、参観者らは和式の晩さん室「桐(きり)の間」や、ブータン国王を船遊びでもてなしたという庭園などを見学。壁面を飾るつづれ織りや金細工を施した建具など、日本の伝統美と匠(たくみ)の技が詰まった調度品に見とれた。

 熊本県玉名市の前浜健一さん(68)は「庭から建物の柱一つ一つに至るまで贅(ぜい)を尽くされ、言葉にできないほど素晴らしい」と話していた。


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上賀茂神社でコーヒーを。2日間限定「神山湧水珈琲」無料提供 / 熊本地震

上賀茂神社でコーヒーを。2日間限定「神山湧水珈琲」無料提供



京都市北区の上賀茂神社(正式名称:賀茂別雷(かもわけいかづち)神社)と味の素ゼネラルフーヅ(以下AGF)は、同神社で「神山湧水(こうやまゆうすい)珈琲」を2016年5月4日・5日限定で無料提供する。
昨年の「神山湧水珈琲」提供の様子

「神山湧水珈琲」は上賀茂神社とAGFが共同で開発を行った。同神社を流れる京都の名水「神山湧水」を用いて、豆選びやブレンド、焙煎の各工程で何度もの試作を繰り返し完成させた。

上賀茂神社は昨年、奈良時代から数えて42回目の式年遷宮を迎えた、京都でも最も古い社のひとつで世界文化遺産にも登録されている。同神社とAGFは昨年の式年遷宮を機に、「水の大切さと文化」を次世代に伝えるべく文化事業を実施しており、昨年その一環として「神山湧水珈琲」が約7000人の参拝者や観光客にふるまわれた。

今秋にも文化事業の共同実施や、境内でコーヒーの無料提供を予定している。

コーヒーの提供は5月4日と5日に上賀茂神社境内二ノ鳥居内で、各日11時から16時まで(15時30分受付終了)行われる。

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熊本で、大学の先生をしている(S先生) S先輩 の無事を祈る!
熊本と大分の人、応援しています。 がんばってください!
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京都府内の緊急消防援助隊120人現地へ 熊本地震

京都府内の全消防本部でつくる緊急消防援助隊約120人と車両約40台、ヘリ1機が16日午前、総務省消防庁の要請で熊本県に向けて出発した。被災地で救命・救助活動に当たる。

 府南部の消防隊員ら約100人は京都市南区の市消防活動総合センターに集合。京都市消防局警防部の佐竹幹夫担当部長が「困難な災害現場から1人でも多くの命を救うのが使命だ。精いっぱい頑張ってほしい」と訓示し、送り出した。

 福知山市消防防災センターでは食糧や寝袋などの支援物資を車両に積み込み、同市消防本部の隊員2人が現地に向かった。

 また京都府は、府内の14医療機関に緊急災害医療チーム(DMAT)の派遣を要請。京都第一赤十字病院(東山区)や京都医療センター(伏見区)、京都市立病院などのチームが現地に向けて出動した。
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届かぬ物資「限界」 熊本地震、助け合う避難者

店の棚から商品は消え、コンビニもほとんどが休業、ガソリンスタンドには長い車列ができていた。熊本地震発生から4日目を迎えた17日、給水車で順番を待つ人たちは一様に疲れた表情を見せた。余震が相次ぐ。支援と物資は足りない。「いつまで続くのか」。不安と恐怖の中で、避難所で過ごす人たちは助け合っていた。

 約430世帯が暮らす中山間地の熊本県西原村河原地区。避難所の河原小体育館には地震発生後、給水を除いて支援物資は一度も届いていない。支援の「はざま」だ。避難者数は783人。

 17日午後0時20分、炊き出しの食事が並ぶ。おにぎり、野菜の煮物、みそ汁…。「温かいごはんは良かね」。自宅損壊した住民も多いが、笑みが浮かんだ。炊き出しの食材は避難者が持ち寄り、給食室を使って調理した。地域の強いつながりが避難所を支えている。

 結婚で一昨年に移り住んできた看護師緒方令央奈さん(33)は「いつも顔を見たら、みなさん声をかけてくれた。今は自分が貢献する」と、けが人の処置に当たる。4歳の長女が元気に駆け回っていた。「子どもが騒いでも怒る人はいない。8年前に住んでいた東京では考えられない」と話す。

 孤立者をつくらない工夫もあった。一時帰宅する住民には、名前や電話番号などを体育館入り口に設けた受付で紙に書いて外出するよう求め、所在を確認できるようにしている。集団生活がつらくなった人には個室を提供するなど細やかな配慮も。国武昭代さん(80)は「誰も独りにされない」と語った。

 熊本市中央区の避難所・江南中。14日夜の避難所開設時から食料や給水車の配備などの支援はなく、避難所内の人間関係にいら立つ住民も。避難所を運営する自治協議会の田上一成会長は、表情をしかめる。「避難所を運営する側もそろそろ限界」。

 災害に備えてきたはずだった。約10年前から自主防災組織による避難所運営に力を入れ、今回の地震でも、駐車場の誘導など日ごろの訓練を生かしていた。

 だが16日未明の「本震」後、避難者数が急増。14日の地震発生当初の避難者は150人ほどだったが、近隣のマンション住民らを含め、現在は10倍に増えた。避難者に十分な水を確保できず、「行政は72時間耐えれば支援の手があるというが、期待できない」と苦悩する。

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施設高齢者60人おびえ 熊本地震、医療チーム同行ルポ

京都府と滋賀県から派遣された医師や看護師でつくる災害派遣医療チーム(DMAT)が17日、熊本県内で本格的に活動を始めた。16日未明の地震で5人が亡くなった山間部の西原村に入った草津総合病院(草津市)のDMATチームに同行した。

 同病院のDMAT隊員5人は、午前9時ごろに村に到着した。大勢の住民が身を寄せる西原中学校の避難所での診察を終え、揺れの強かった益城町に隣接し、16日未明の地震で多数の家屋が倒壊した同村布田地区に入った。

 特別養護老人ホーム「みどりの館」に足を踏み入れたDMAT隊員がため息を漏らした。玄関の引き戸は地面にたたきつけられたように倒れ、周囲は陶器や書類が散乱していた。

 相次ぐ余震に備え、施設のホールには、入所者ら約60人が集まり、ベッドや車いすの上で不安そうに過ごしていた。介護部長の片山裕美さん(51)は「今のところ医薬品は間に合ってますが、パンやお米が必要。災害備蓄用の食料はあと1日分しかない」と窮状を訴えた。

 16日未明の地震発生当時、ホームには約90人の利用者がいたという。当直の職員5人が約3時間かけて全員を駐車場に避難させ、冷え込む屋外で一夜を過ごした。幸い犠牲者は出なかった。「これが冬だったらどうなっていたか想像もつかない」と片山さんは周りを見回して声を落とした。

 DMAT隊員たちは、施設の衛生状況や保健師の有無、職員の勤務態勢を聞き取り、必要な支援について意見を交わした。

 この日、隊員たちは鳥取県のチームと協力し約10カ所の避難所で医療手当や現地調査を行った。隊員の高尾信行医師は「東北の被災地に比べ、衛生状態は確保できている印象を受けた。一方で体育館などではなく、キャンプのような形で避難している住民も多くみられた。避難が長期化すれば衛生面の問題も出てくるだろう」と話した。

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双子地震後に本震ほぼ例なく 熊本地震メカニズム


九州で活発化している地震活動について、内陸地震の発生メカニズムに詳しい飯尾能久・京都大防災研究所地震予知研究センター教授に聞いた。

■最初の地震で前震とは見抜けず

 九州で14日から連鎖的に発生している地震は、近代的な地震観測が始まったこの100年間ではほとんど例のない非常にまれな形態だ。一つは、ほぼ同じ震央(震源の真上の地表点)でマグニチュード(M)6クラス以上の地震が立て続けに起こったことと、もう一つは数十キロ以上も離れた場所の地震を誘発していることだ。

 14日午後9時半ごろのM6・5の地震と15日午前0時過ぎのM6・4の地震は「ダブレット」と呼ばれるいわば双子の地震だ。二つの地震の発生後、余震の回数が減る経過をたどっており、収束に向かっていると捉えることができた。ところが、16日午前1時25分に、より規模の大きいM7・3の地震がほぼ同じ震央で起きた。14、15日の地震で割れ方が不十分だったので16日にさらに割れたのか、あるいは、震央は同じでも断層が割れている方向が違ったのか、よく分からないが極めてまれなケースといえる。

 気象庁は、14日の地震を「前震」、16日の地震を「本震」との見方を示している。しかし、最初の地震が起こった段階で、その地震が前震が本震なのかを見抜くのは非常に難しい。観測史上、M6以上の前震を観測し、本震がM7を超えた日本の内陸地震は、1896年の陸羽地震、2011年の福島県浜通り地震の二つしかない。また、これらの地震の前震は、その余震の回数が時間とともに減少しなかったようであり、いわゆる「本震余震型」とは明らかに違ったものだった。

■離れすぎた場所で誘発

 14、15日の地震と16日の同じ震央の地震は、16日午前4時ごろに熊本県阿蘇地方で起こったM5・8の地震、同日午前7時過ぎに大分県で起こったM5・3の地震を誘発したと考えられるが、距離が大きく離れている。大地震が発生すると、地殻に働く力のバランスが変わり、地震を誘発することはある。

 ただ、これほど離れた場所での誘発は内陸地震ではほとんど前例がない。地震活動が活発化していることは確かなので、活断層のある長崎・雲仙などの周辺地域で警戒が必要だ。

 観測例に乏しいこれらの現象にも発生した理由はもちろんあるはずだ。今後、震源域周辺の詳細な地震観測で明らかにしていくことが、内陸地震の研究を進めていく上でも重要になるだろう。

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迫る72時間、建物再調査 熊本で京都のレスキュー隊

 熊本市内で17日、この日現地入りした京都市消防本部などでつくる府のレスキュー隊員が、負傷者の生存率が大きく下がるとされる発生後72時間が迫る中、人命捜索に漏れがないよう倒壊建物の再調査に入った。

 乙訓消防組合の野坂定之司令長(56)は「まだまだ余震が多く、被災者は長期の避難生活の恐れもある。被災者の負担を少しでも軽減したい」と意気込みを語り、次の出動要請に備え、野営地に戻った。

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熊本地震 ニュース 情報

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