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斎宮や上賀茂・下鴨神社に奉仕した皇女・斎王(斎院)を示す可能性

斎宮や上賀茂・下鴨神社に奉仕した皇女・斎王(斎院)を示す可能性

平安期の墨書土器に「斎」 京都で出土、斎王に関係か

 京都市中京区の平安時代前期の邸宅跡で、9世紀前半の「齋(斎)」と書かれた墨書土器が出土し、市埋蔵文化財研究所が23日発表した。平安時代で最大規模の大型建物2棟が南北に並んでいる遺構も見つかった。伊勢神宮などに奉仕した天皇の皇女「斎王」と関連する可能性があるとして、研究者らが注目している。
 調査地は島津製作所の敷地内で、平安時代には宇多小路と馬代小路、三条大路、姉小路に囲まれた1町規模(約120メートル四方)の宅地の北西部分に当たる。
 「斎」の墨書土器は、大量の土器や鉢などに交じって溝から出土した。貴族や寺院の家政機関を示す「政所」と書かれた土器もあった。
 調査地の400メートル北東の西京高で2000年、9世紀後半~10世紀前半の「斎宮」と書かれた墨書土器が見つかり、伊勢神宮に奉仕した皇女「斎王(斎宮)」に関連するとみられている。京都産業大の吉野秋二准教授(日本古代史)は「斎宮や上賀茂・下鴨神社に奉仕した皇女・斎王(斎院)を示す可能性がある」としつつ、「仏事の食事『斎食(さいじき)』を意味するとも考えられる」と指摘する。
 また溝の西側で昨年8月までに、平安京で最大規模の掘っ立て柱建物跡(東西21メートル、南北9メートル)や高級品の緑釉(りょくゆう)陶器などが見つかっている。今回、建物の北側で別の大型建物跡(東西14メートル、南北8・5メートル)が発見され、南北に2棟が並ぶことが分かった。
 調査地から南東に20メートル離れた場所で1988年、L字形に並ぶ最大規模の建物跡2棟が見つかっている。市埋蔵文化財研究所調査課の山本雅和係長は「平安京の1町規模の宅地に大型建物群が2カ所確認できた初めての事例」と説明する。
 今回の調査地は、嵯峨天皇(786~842年)の皇子源融にゆかりのある寺院の領地だったという記録がある。西山良平京都大名誉教授(日本古代・中世史)は「嵯峨天皇に近い皇族の邸宅で、斎宮や斎院が滞在した可能性が高まった」と、今後の調査研究に期待する。
 墨書土器は他の出土品とともに24日~5月27日、上京区の市考古資料館=075(432)3245=で展示される。月曜休館。無料。
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